W杯と日本代表と日本文化
- Saka
- 2018年7月3日
- 読了時間: 3分
今朝,3時に目覚ましをセットし,ロシアW杯2018の決勝トーナメント,日本対ベルギーをテレビ観戦しました.
結果は2-3.残り30秒での失点で日本は敗退しました.
W杯開幕前の私の優勝予想はベルギー,クロアチアでしたので,日本の善戦と言えるのではないでしょうか?ただ,ラスト20分.本当の「世界」を初めて日本人が体感したのではないかな?と思います.
試合中から試合後,少し昔のことを思い出しました.
32年前のこの時期も,朝にこっそり起きて,86年メキシコW杯決勝,アルゼンチン対西ドイツを観てたな〜なんて思い出しました.当時はおそらく開幕戦と数試合をテレビ放送していたくらいじゃないかな?
90年イタリアW杯も,全試合は放送していなかったような気がします.これも夜中に起きて二大会連続同カードとなったアルゼンチン対西ドイツを観ていました.
そして93年のアメリカW杯予選では,いわゆる「ドーハの悲劇」と呼ばれる試合・・・今朝と同様にアディショナルタイムに失点し,W杯の切符を得ることができませんでした.
この試合,NHKのBS放送でしか中継されず,私はBSの見れる先輩の家に行って見ていました.試合終了後,20分ほどは2人共言葉が出なかったのを覚えています.
そうなんです,25年前は,W杯出場を決めるアジア最終予選さえ,地上波では中継されなかったんです!
その後にJリーグが発足.空前のサッカーブームが起き,1998年フランス,2002年日韓,2006年ドイツ,2010年南アフリカ,2014年ブラジル,そして今回のロシアにつながります.
今回のW杯は,決して日本人が見やすい時間帯ではないにも関わらず,NHK,民法がこぞって中継していることに,驚きを覚えています.職場に行くと,日本代表ばかりでなく,いろんな国のサッカーの話題が出てきます.
日本人の生活の中に,サッカーが根付いていっているのを,肌で感じます.
一方で,日本代表の試合中継を見ていると違和感を覚えることもしばしばあります.なぜかというと,日本の放送局の中継は,一画面に入っている選手の数が,極端に少なく,アップ画像が非常に多いのです.普段,スペインリーグを中心に欧米の試合を見慣れている私にとっては,見にくくて仕方がない.
サッカーというスポーツが日常の中に入り込んできてはいるけれども,その文化は成熟している欧米のそれよりもまだまだ未熟なのかな?と思います.
Jリーグ発足時,当時の川淵チェアマンは次のように宣言しました.
「スポーツを愛する多くのファンに支えられまして,Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向けて,その一歩を踏み出します」
「サッカーを愛する」と言わず「スポーツを愛する」という言葉を使いました.
老若男女,いつでも,どこでも,誰でも,どんな種目でも,どんなレベルからでも,地元にあるスポーツクラブに足を運べば,気軽にスポーツを楽しめ,仲間と食事をしながら楽しく語り合うことができる.そんなスポーツ文化を全国に作りたい.というJリーグの『100年構想』を掲げてスタートしました.
それから今で四半世紀.
日常のところから本当のスポーツ文化を根付かせていくには, 今日の日本代表の苦い結果も必要なことなのでしょう.そして普段からスポーツを気軽に楽しめる場を提供するわれわれスポーツクラブの責務も,決して小さくないものかと思います.
少し壮大になってしまいましたが,W杯を機会に,スポーツ文化というものを考えてみました.
また一度おひまがあれば
傍士銑太著「百年構想のある風景」ベースボールマガジン社 をお読みいただければと思います.
